日本IR協会について

第7回 IR法案の政策目的~いかなる目的を、どのように実現するのか~

アンダーソン・毛利・友常法律事務所 弁護士 石原 仁 氏

本稿執筆の時点で、特定複合観光施設区域(以下「IR」という。)設立に向けた正式な法案というものは国会に提出されていない関係上、本稿は、先の臨時国会に提出され、衆議院の解散に伴って廃案となった「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(以下「旧IR法案」という。)についての議論であることにご留意頂きたい。

旧IR法案は、その第1条において「この法律は、特定複合観光施設区域の整備の推進が、観光及び地域経済の振興に寄与するとともに、財政の改善に資するものであることに鑑み、(中略)、これを総合的かつ集中的に行うことを目的とする。」と定めている。

このように旧IR法案は、カジノを含むIR整備を推進する理由として、IRが「観光及び地域経済の振興に寄与」し、「財政の改善に資する」ものであることを挙げているが、その目的を達成するためには、具体的にどのような施策が取られるべきであろうか。そのような検討をする際の一つ目の大きな点として、IRの中において、カジノを観光資源としてどのように位置づけるかを考える必要がある。

まず、単純化したモデルとして、カジノを観光の柱とし、カジノ収益に高い率の税金を課すことによって税収を増やすことが出来れば、結果として、他の税金(例えば一般消費税等)を増税することを控えることも可能になり、IRは財政の改善に資することになる。世界的にみても、カジノ収益に対しては、一般的な税金より高い税率がかけられている例が多く、この手法下におけるIRの観光資源性及び財政面への寄与方法は、比較的イメージがし易い。なお、カジノ収益に高い税金を課しているマカオ(カジノ収益に対する税率は38%~39%)を例にとってみると、IRにおける収益構造的な観点からも、7割程度がカジノ収益によるものとなっており、当然のことながら、カジノ収益にその大きく依存している。従って、世間的な見方からも、「マカオに観光に行く」と言った場合、「ギャンブルをしに行く」という捉えられ方をされる場合が多いのではないだろか。

一方で、別のモデルとして、カジノ収益自体にはさほど高い率の税金を課さず、IR事業者に、余剰資金でカジノ以外の観光産業用施設(宿泊、飲食、その他エンターテインメント施設等)に有効な投資をさせることによって、カジノだけでなく、IRにおける観光産業全体での消費活動を促進させ、その結果として、財政面へ寄与させるという形も考えられる。このモデルにおいては、カジノはもちろん観光の重要な一部ではあるものの、複数の柱のうちの一つと捉えられる。この点、カジノ収益への税率が7.75%と、世界的に見ても低水準であるネバダ州(ラスベガス)は、この手法を採用しており、カジノ以外の観光産業による収益が、収益全体の6割程度を占めている。従って、ラスベガスに観光に行く人の多くは、カジノに興じるのみならず、ショーやコンサートを見たり、クラブで遊んだり、ショッピングを楽しんだりと、カジノ以外も含めた観光(消費)をしに行っているものと推定される。別の言い方すると、「ラスベガスに観光に行く」と言った場合、マカオに比べ、「カジノ(だけ)に行く」という捉えられ方をされることはさほど無く、例えば「ロスに観光に行く」や「ニューヨークに観光に行く」といった観光と、同列の捉えられ方をされる場合が多いのではないだろか。

このように考えた場合、今回推進されようとしている「日本版IR」は、来客者に何を提供できるのか、またしようとしているのであろうか。この点について、旧IR法案は、「地域の創意工夫及び民間の活力を生かした国際競争力の高い魅力ある滞在型観光を実現」することが基本理念である(第3条)とする以上に、詳細規定を設けていない。

そのため、旧IR法案の規定では、カジノがIRにおける観光の柱となり、例えばマカオのように、「日本の〇〇に観光に行く」=「ギャンブルをしに行く」という捉えられ方をされるような制度設計であっても、それを政府が是とした場合、当該IRが推進されることになってしまう。かような結論は、IR推進の目的とは異なった結論であるように見受けられるが、残念なことに、旧IR法案に関する議論は、カジノに焦点が当たるあまり、カジノがIRにおける観光の柱となることが、当然の前提となっていたようにも感じられる。

もちろん、旧IR法案は、特定の政策を実現するための基本的な理念・方針を規定する、いわゆるプログラム法案と呼ばれるものであり、且つIRが推進される地域も決まっていない以上、ある程度抽象的な記載になるのは止むを得ない。

しかしながら、IR推進に関する議論を前に進めるためには、①そもそも「日本版IR」は、来客者に何を提供しようとしているのか、そして②そのような「日本版IR」の観光、経済振興、財政貢献といった側面において、カジノはどのような役割を果たすのか、また、③カジノから得られた収入を、財政貢献の観点からのみならず、依存症対策や犯罪抑止にどのように使われるのか、といった政策目的を固めることが、肝要なのではないかと思われる。

<石原 仁 氏 プロフィール>

アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー弁護士。2003年、最高裁判所司法研修所修了(56期)・弁護士登録(第二東京弁護士会)・アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2013年、カリフォルニア州弁護士登録。7年以上のアメリカ在住経験を生かし、多国籍間の契約交渉・紛争解決、クロスボーダーM&A、通商、及び会社運営全般(コーポレート・ガバナンス、コンプライアンス、JV運営、不祥事対応等)について、クライアントのニーズに合わせた、適確且つ迅速なアドバイスを行うことを得意としている